先週の土曜日。朝早くに目が醒めてしまい、たまたま暇だったし、運動したかったこともあり思い立って10年ぶりに自転車に乗った。
私は持病(てんかん)があり、いつ発作が起きて倒れるかわからないのでタイヤの付いた乗り物の運転を自主的に避けていたのだが、前に発作が起きてからのこの10年、ちゃんと発作止めの薬も飲んでいるし、発作も起きていないし、いいだろうと思い、家から一番近いレンタサイクルのお店に行った。
意気揚々と借りてまたがったはいいものの、低身長の自分にはサドル位置が高く足がつかず、かつ調整もできないそうなので、泣く泣く返却した。レンタル時間は1分程度だったので(というか受付のおじさんの目の前)、レンタル料は発生しなかった。
そこから数分歩いたところにある別のレンタサイクルに行く。恐る恐る尋ねてみると、サドルの調節ができたので、ここでレンタルすることにした。
バランス感覚もうまく思い出せないまま慎重にまたがってペダルを踏んでみる。グンとスピードが風になって顔をなでていった。えっ速っ怖い怖い怖い。とりあえずそのまま漕がないでいると倒れてしまうので、スピードを出しすぎないように、かつコケないようにバランスを取って進む。たぶん端から見たらノロノロ進む変な自転車だったと思うが、いつも歩いてばかりの自分にとってはスポーツカーくらい早かった。
しばらく漕いでいるうちに速さにも慣れてきた。秋風がここちよく、ほんのり汗ばむくらいの気温が自分を健康的な気分にさせてくれる。普段家にこもってインターネットを眺めているばかりの自分には精神的に良いなと思った。
今住んでいる街に引っ越してきたのは社会人になってからなのだが、その前の大学生時代から何度も訪れていた。サークルでお世話になっていた先輩が住んでいて、当時は遊ぶ金を節約したかったこともあり、その先輩の家で集まって遊ぶことが多々あった。
10年前、みんなで集まっている時に自分がてんかんの発作を起こしてしまい、救急車で近くの病院に運ばれた挙げ句数日間検査入院する羽目になるという事件を起こしてしまった。発作の原因は自己判断で発作を抑える薬を断薬した状態でゲームをしたせいだった。
それからは毎日薬を飲み、自転車に乗るのをやめた。ゲームは大好きでやめられなかったので、代わりにちゃんと眠るようにした。
ペダルを漕ぐことにもだいぶ慣れてきた。数年前にできた大きな公園が見えてくる。休日なのでバザーをやっているようだった。立ち寄ってみたかったのだが、駐輪スペースが遠くて断念した。
10年前は公園があった場所は全部田んぼや畑で街灯もなく、夜は割と星が見えたのだが、この公園ができるにあたって大規模な再開発がされたので街灯が設置されて夜も明るい道になった。街の治安にとってはその方がいいのだけれど、それが少し残念に感じる我儘な気持ちがどこかにある。
いつかこういう我儘な気持ちが抑えきれなくなって誰かに話すようになったらいわゆる「老害」という人種になるのだろうかという漠然とした恐怖が常に心のどこかにあって、私は老いるのが怖い。
公園を通り過ぎて大きな国道に出る。私が検査入院した病院が変わらずそこにあった。改装されてキレイになっている。
先輩が住んでいた家から徒歩3分の場所だ。
10年ぶりにここまで来たが道はキレイに舗装され、病院の隣にあったドラッグストアはタイムズの駐車場になり、パチンコ屋はリニューアルして大きくなっていた。
ぶっ倒れた時分は大学を卒業したにも関わらず定職に就かずフリーターをしており、モラトリアムを引きずっているのがかなりコンプレックスだった。
今ではすっかり自分も社会人なのだが、いまだにその頃の自己評価をどこかで引きずっているところがあって、「ちゃんと大人になれていない」ような気がしている。
なんとなくで生きてきたから社会の仕組みとかよくわかってないし、すぐ部屋散らかすし、勉強苦手だし……みたいな細かい短所を受け入れる事が出来てない。だからといって改善もしていない。解決方法もわかってないけど。
国道から脇道に入って、阪急電車の線路沿いをひたすらまっすぐ進む。直線コースなのでどこで曲がるとか考えなくてもいいのが助かる。
周囲が家と田んぼばかりになってきた。冷ややかな風に乗って野焼きのにおいがする。社会人になるまで住んでいた京都の郊外を思い出した。
大学生の頃は暇さえあれば自転車(ママチャリ)でどこでも走っていたような気がする。夜中に思い立って2時間程度かけて京都駅とか四条烏丸に行ったことも何度かある。
あの頃は自分が公共交通機関に頼らずに行ける限界が知りたくて自転車で走っていたのだと思う。ゲーム内のワールドマップの端っこに向かって移動し続ける行為と似ている。
普段電車やバスでしか行かない場所に自転車で辿り着くと、知らない道の中からいきなり知っている光景が目の前に現れるので新鮮に感じて楽しかった。そのまま繁華街(と言っても誰も歩いていないが)を散策する勇気は無かったのでそのままUターンして帰っていたが、ある程度の達成感はあった。
次第に周囲が家が立ち並ぶ光景へと切り替わってきた。いつの間にか頭上を通るようになっていた阪急電車の線路へ向けて道路を曲がると、こぢんまりとしたロータリーに出た。
隣駅に到着していた。本当に直線で進むだけだったので案外あっけなかったな、という気持ちを感じつつも、10年前なら感じていなかったであろう体の疲れを感じていた。
とにかく喉が乾いていたので、駅前のスーパーで麦茶を買って飲んだ。ロータリーのベンチで一息ついてもよかったのだが、汗をかいていて体が冷えるのが嫌だったのと、座ると動きたくなくなることへの恐怖からそのままサドルにまたがって来た道を引き返した。
帰路の途中、少し遠回りをしてみようと思い立って脇道に入ってみたが私有地と公道の境界が分かりづらく、大人しく国道沿いをひたすらに走った。
一度通った道だからか体感時間はかなり短く感じた。あっという間にレンタサイクルの場所まで戻ってきてしまった。自転車を返却して、歩き始めた瞬間に自分の歩みの遅さに衝撃を受ける。
それでも10年ぶりの自転車は怖くて、T字路に差し掛かるたび慎重に減速したし、坂道は目一杯ブレーキを握って速度が出過ぎないようにした。
何度か乗っていればそういったところも慣れてくるのだろうけれど、やっぱり今は徒歩の方が安心できていい。
疲れで重たくなった足を引きずって帰宅する。今回の経路のログをフィットネスアプリで確認しながら、今の自分の限界を再確認した。