覚えてない

忘れそうなこと

24/09/15 富士スピードウェイ

(#今週のお題「夏の思い出」)

 

FIA WEC 富士6時間耐久レース 決勝を見に、富士スピードウェイへ行った。

FIAというのは「国際自動車連盟」のことで、WECというのは「世界耐久選手権World Endurance Championship)」をいう。

つまり、レースカーの世界的マラソン大会が富士スピードウェイで開催されるとのことなので、見に行った。

 

そもそも私には車に対する知識が一切ない。なんかタイヤが4つ付いていてすごく速い乗り物ということしかわかっていない。

そんな人間でも楽しめるかどうか車オタクの同行者に聞いてみたところ、特に問題ないそうなので安心して会場へ向かった。



f:id:tef102252:20240926235710j:image

 

サーキットは観戦用スタンドのほかにイベントステージやドライブシミュレータの体験コーナー、出場チームのファングッズの店、静岡名産品の店、フードコートなどがあり、どんな客層でも退屈させないぞという心意気を感じた。

中でもトヨタのレーシングチームのテントはかなりの大きさで(ほかのチームの3倍はあった)、展示されている車の数や売られているグッズの品数も多く、人気の高さがうかがえる。

実際、サーキット内でもトヨタのチームフラッグを手にしている人がかなり多く、そりゃ売れるわな、と納得するほどだった。

もちろんほかのチームのテントも同様にレースカーなどの展示があり、わからないなりにも迫力があって良かった。

f:id:tef102252:20240926235739j:image

どのテントも展示のレースカーの横にドライバーの等身大?アクリルスタンドがあり、若干アニメのコラボカフェのような空気感になっていたのが面白かった。近くで見てみると直筆サイン入りなことがわかり、レーシングカーのドライバーもファンサとしてサインすることを知った。

 

サーキットはゴールライン前がグランドスタンドと名付けられた観客席があり、直線コースに合わせてかなりの数の客席が並んでいた。

その客席とコースを挟んで向かい合う形でピットがあり、そのピットの真上に観戦用ラウンジがあった(追加チケットを購入した人だけ入れるらしい、要はさらなる課金要素)。


f:id:tef102252:20240926235837j:image

 

まだレースのスタートまでは時間があるがピットのあたりにコミケの入場待ちのような列が発生しており、タイムテーブルを確認するとピットウォークというイベントの時刻だった。

ピット内に設けられたブースで好きなドライバーにファンサ(トーク、握手、サイン)してもらったり、ピットに入っている車を間近で見ることができるそう(要追加料金)。

例年ならば時間内にサインをもらうことは容易だったようだが、今年は過去最大規模の来場者だったようで、最後尾付近のお客さんはサインが間に合わない可能性がある旨のアナウンスが流れており、知らないところで知らないコンテンツが隆盛を迎えていることに静かに興奮した。

 

スタートが近くなるとコースに出走する車たちが整列し、観客もスタンドに集まり始めた。

同行者曰く、スタートが一番盛り上がるのだという。


f:id:tef102252:20240926235904j:image

 

スタート前のセレモニーも華々しく、地元の創作舞踊やらジェット機のアクロバットやら、極めつけに自衛隊のヘリが観客席のすぐ真上を飛んだりして「男の子ってこういうの好きだよね」がすごい密度で展開されて圧倒された。

ジェット機はレクサスのチームがスポンサーらしく、機体の展示テントも賑わっていた)

 

セレモニーが終わるとレースカーたちが一斉にゆったりとした速度でコースを走り出す。スタートのポジションにつくための走行らしく(陸上競技で言うところのOn Your Markにあたる)、最初何をしているのかよくわかっていなかったのだが、考えてみれば何台もあるイカツイ車がマリオカートみたいによーいドン!とはできないので、ある程度の車間距離とポジションを走行しながら確保してシームレスにスタートを切ったほうが安全だよね、と納得した。

静まり返ったスタンドにツァラトゥストラかく語りきが流れ始めた。なぜ?

(これに関しては帰ってからも調べてみたのだが昔からスタート時に流れているという事以外まったくわからなかった)

音楽が一番盛り上がる部分に差し掛かると同時に全ての車が正しいポジションでスタートを迎え、6時間耐久レースの幕が上がった。湧き上がる拍手。

エンジンの回転数が跳ね上がり爆音でレースカーが私達の前を駆けてゆく。公道で見かける派手な車が出している音とはまた違う重低音にカルチャーショックを受けた。

ものすごいスピードで走り続けている車を見ながら、私は映画「コマンドー」の中で車屋のおじさんが「余裕の音だ、馬力が違いますよ」と高級車を薦めているシーンを思い出していた。なるほどこれだけの物体をこんな速さで動かすのであれば爆音も爆音だし唸るような深い音も出るわけだ。余裕の音、というのが今までピンとこなかったが、こうやって具体例を目の当たりにするとモヤがかったイメージがハッキリとして気持ちが良かった。

 

レースはそれぞれのチームの車が6時間のあいだ富士スピードウェイのサーキットを周回し続ける。じっと見ているわけにもいかないので、私達はスタンドを離れて会場を散策する。

外周の芝生には観客が持参した大小様々なテントが建てられており、みんな思い思いの場所で休憩していた。爽やかな風が吹いて、目にも止まらぬ速さで車が駆けてゆく。ベンチに座ってうたた寝して、また目が覚めても、周期的にエンジン音が大きな音を立てて私達から近づいては遠ざかっていった。

こんなに近くでコンマ1秒の争いを目にしているのに、ゆったりとした時間がそこでは流れている、そのミスマッチさが決して他では体験できない面白さで、興味深いレジャーだった。


f:id:tef102252:20240927000019j:image

 

外周から移動して、イベントスペースでも、フードコートでも、地下通用口でも、お手洗いでも、どこにいてもエンジン音が鳴り響いている。私達が過ごしている時間と同じ時間、レースが進行している証左なのだが、あまりにも体感している速度が違いすぎるのでパラレルワールドの出来事なのではないかと思うほどに不思議な体験だった。

 

夕方、レースも佳境というところで何度目かの昼寝から目覚めた。そこで何台かの車がサーキットから消えている事に気づいた。

同行者に尋ねてみたところ、私が眠っている間にクラッシュしてしまい走行不能になったらしい。なるほど。確かにテレビで見たことがあるのに、実際に起こり得るという可能性をすっかり忘れていた。

当たり前のことなのだが、確実に6時間を全台が無事走り抜けることはできない。できる限り最高のパフォーマンスで、最小のマシントラブルで走り抜くことが肝要なのだ。その難しさを改めて理解させられる事象に、思わずため息が出た。

 

グランドスタンドに戻って最終盤のレースを見届け、ゴールの瞬間を迎える。

選手、車、実況者、観客、全員が長時間を経てヨレヨレに疲れ切った状態で辿り着いたそれは、ホッとするような時間だった。惜しみない拍手が勝利チームに送られる。まるで祭りのクライマックスを迎えたような一体感がそこにあった。


f:id:tef102252:20240927000058j:image

 

ピットへ全ての車が戻ってきたあと、ゴール前が一般客に開放され、今さっきまで車たちが通過していた場所を誰でも歩けるようになった。


f:id:tef102252:20240927000113j:image

 

折角なのでコース上に降り立ってみる。無骨なアスファルトの道の上には、熱でクシャクシャになったタイヤの切れ端が至る所に落ちていた。巨大な消しカスのようなそれを持ち上げてみると人肌くらいの熱を持っており、ありえないくらいの速さで走り抜けていたマシンの光景が目に浮かんだ。

第1コーナーの方へ振り向いてみると、途方も無いくらいに直線が続いていた。肉眼で見るコースは外周から眺めているよりもずっと広く、そして長く感じて、これをものの数分で1周してしまうレースカーの技術的完成度にあらためて感心した。

今日ここに来て、最後にここに立たなければ絶対に気づかない事だったろう。


f:id:tef102252:20240927000201j:image

 

主役が去って、観客しかいなくなったコースに背を向けて、夕暮れの富士スピードウェイから帰った。

 

ありえないぐらい両腕が日焼けしていた。

来年行くことがあれば日焼け止めだけは忘れずこまめに塗ると誓った晩夏だった。